Q&A

Q1 在宅医療はどんな人が受けられるのでしょうか?

A 病院・診療所への通院が困難になった方です。
寝たきりになった方、神経その他の難病、心臓・呼吸器疾患、脳卒中、がんなどの病気、障害があり、通院することが難しくなった方です。その他の方で、在宅医療を希望される場合にはご相談ください。

Q2 費用の負担は?在宅医療は受けたいが費用が高いのでは?

A往診をした場合のその都度の往診料に加えて、月2回以上の定期的往診を行った際の医学的管理料がかかります。外来へ受診した場合よりは少し多くかかりますが、入院に比べると非常に安価です。

Q3 在宅医療ではどんなサービスが受けられるのでしょうか?

A定期的な訪問診療によって、療養上必要な医学的処置などは全て行う事が出来ます。特殊な装置、高度な精密機器を使った検査(MRI、CT、超音波診断など)、高度な外科手術などは出来ません。血液検査は全て出来ます。
経管栄養の管理、中心静脈栄養の管理、在宅酸素療法の管理、人工呼吸器の管理、人工肛門(ストーマ)の管理、その他、療養上必要な医学的管理を行います。
抗生剤の投与、補液のための点滴は出来ます。アナフィラキシーショックに際して、特殊な救命処置を準備する必要があり、点滴中医療者が数時間立ち会わなければならないような輸血は在宅では出来ません。
気管切開による人工呼吸器装着、事故があった場合に特殊な救命処置をする準備が必要な心臓マッサージなど、高度な救命救急は出来ません。
疼痛の緩和、在宅ホスピスなどは行います。
具合が悪くなった時や病状が変化した時は、随時、医師による24時間、365日の対応もしくは往診を受けられます。

Q4 在宅医療にはどのような意味があるのでしょう?

A病気の急性期をすでに脱し、経過が慢性に移行した患者さんの多くが住み慣れた自宅に帰りたがっておられます。現代医療で、効果的な治療の方法がないような病気に罹患した患者さんの場合には、特に、この要望が強い。在宅医療は、高度な医療技術あるいは濃厚医療が必要ではないような軽い疾患の加療のみではなく、重症ではあるが、現代医療では効果的な治療方法がない疾患にかかったような患者さんの療養にとっても重要な役割があります。
そんなに昔の話ではありませんが、「畳の上で死ねないのは、不慮の死か、罪人である。」と言われていました。それが、現代の日本では、8割以上の方が、病院のベットで死を迎えています。本来、病院は、治せる患者が短期間入院し、不便を多少我慢をして治療をする場ですが、それが人生の終末を迎える場にもなっている。これは低料金で誰でも入院できるようになった国民皆保険の1つの弊害ではないでしょうか。国民皆保険により、病気になった人が低料金で誰でも医療を受けれるようになったということは大変にすばらしことですが、このような弊害も起こるということでしょう。
病気を患っている患者は自宅に退院したがっているのに、家族あるいは介護する人が、病状が急変したときにどうしたらよいのかわからない、いつでも相談できる医師がいないということで、病院から退院できないでおられる。これは社会的な入院ではないでしょうか。何時でも、どの様な病状にも対応できる医師がいれば解決できることではないでしょうか。在宅医療はこの問題にも真剣に取り組まなければならないでしょう。

Q5 緩和医療とはどの様な医療なのでしょうか。

A病気の経過中に発症する疼痛、全身倦怠感、嘔吐などの身体的な不愉快な症状、並びにいろいろな精神的苦悶に対して、それらを取り去るあるいは和らげる医療です。薬物による方法、マッサージ、音楽、香り、住環境、美術品などを使った方法、訴えに耳を傾けて(傾聴という)、患者に精神的に寄り添う方法など、さまざまなものがあります。
耐え難い疼痛、苦悶を取る方法として、極稀に用いられる鎮静というものとは、区別されなければなりません。鎮静(セデーションともいう)は長時間作用する睡眠薬を使用して、意識低下を起こす方法です。
緩和医療の難しさは一歩間違えれば、意識を消失させ、痛み、その他の苦痛を感じなくさせることであると短絡的に考えてしまうことです。家族も、患者が苦痛を訴えなくなったということで、安心してしまうことです。緩和医療で大切なことは苦痛をとることであるが、意識障害を引き起こして苦痛をとることではありません。意識障害を起こさない方法で、苦痛のみをとる方策をまず探すことです。いろいろな手段を講じて、どうしても苦痛がとりきれないときの最後の手段として、意識障害を考慮することが大切です。意識障害を起こして苦痛をとるに際しても、いきなり長時間作用が続く睡眠薬(長時間型の睡眠薬)を使用するのではなく、まず超短時間型の睡眠薬を使用してみることも必要です。疼痛は、しばしば、短時間でも痛みがとれて充分に睡眠できれば、明瞭な意識状態でしばらくの間は苦痛を感じないでいることが可能です。長時間型の睡眠薬を使用するのは、意識がほんの少しでも戻れば痛みを感じるような状況に限られます。このような状況はめったにあるものではありません。余命いくばくもないが故に、ほんの短い時間でも貴重な時間を意識を明瞭な状態で過ごすことは必要であるということを知る必要があります。医療者に、その可能性をとりさることを許されてはいません。

Q6 在宅医療には積極的な意味はあるのでしょうか?

A重症であるが有効な治療方法がない患者の療養は、故意に寿命をちぢめない、また、むやみに延命をしない。生きとし生けるものに必ず訪れる旅立ちの時を冷静に受け止めるようにする。このような段階に来た人にとっては、健康と病気といった2元論ではなく、健康であるということと、病気であるということとの2元性を、一つの事象と捉えて、あるがままに受け止める医療が必要である(Narrative based medicine)。無論、こういったことは在宅医療に限られたことではありません。
病気と健康のいう二元性を、一元的に捉えて、あるがままに受け入れるという医療にふさわしい状況を醸し出せるのは、在宅ではないでしょうか。慣れ親しんだ環境の下で、慣れ親しんだ人々と気兼ねなく関わり合いを持ち、身体的な制約はあっても、気ままに自由に活動することが出来るということは、いのちを育み、いとおしむには必要な条件ではないでしょうか。例え、寝たきりの状態になったとしても、香り、肌で感じる空気、音、雰囲気、自分の愛したペット、すべてのものが自分を見守ってくれているという安心感、安らぎ、和合を味わうことが出来る。生体には本来自分で自分をより環境に適応する能力が備わっています。この能力を引き出すことが治療であるとするならば、在宅医療は、治療の重要な一分野ではないでしょうか。殊に、現代の医学で積極的な治療方法がないような病状の人においては・・・